朝、最初にすること
朝、目が覚めると、私には毎日決まって最初にすることがあります。
カーテンを開けて、窓の外の森を見ることです。
今日は晴れているだろうか。霧は出ているだろうか。雨だろうか。
春には芽吹きが少しずつ進み、夏には深い緑が窓いっぱいに広がります。秋には葉の色が毎日少しずつ変わり、冬には雪が森を静かに包み込みます。
その日の森の表情を見ることから、一日が始まります。
ラウンジへ降りてコーヒーを淹れる頃には、「今日はこんな一日になりそうだ。」そんなことを考えています。
三十八年間。毎日、その繰り返しです。
三重県から玉原高原へ
私は三重県で育ちました。
若い頃、とにかくスキーが好きでした。
そして、蔵王のペンションで「居候」と呼ばれる住み込みスタッフとして働く機会がありました。
当時は、食事と部屋を提供してもらいながら、ペンションを手伝う若者が全国から集まっていました。
そこには、毎日を楽しそうに働くスタッフがいて、旅行を心から楽しむお客様がいました。
その空気に触れたとき、「こんな仕事がしたい。」そう思いました。
スキーが好きだから。ペンションをやりたいから。若さゆえの少しの無謀さもありました。
そして三重県を離れ、この玉原高原へやって来ました。
時代は変わっても、この場所は変わらなかった
開業した頃、日本はバブル崩壊後の時代でした。
その後、スキーブームも終わり、少しずつお客様は減っていきました。
そして一番苦しかったのは、新型コロナウイルスの流行です。
一年以上、お客様が一人も来ない日が続きました。
宿を続けるために借金もしました。今も、その返済は続いています。
それでも、「宿を閉めよう。」とは思いませんでした。
この場所が好きだったからです。
森は変わりません。
春になれば芽吹き、夏には木陰をつくり、秋には静かに葉を落とし、冬には雪を受け止めます。
その変わらない景色に、何度も励まれてきました。
玉原高原で過ごしてきた時間
家族と一緒に守ってきた宿
ペンションは、一人では続けられません。
料理は妻と息子が担当しています。私はフロント、お客様との会話、客室の準備、カクテルづくり。
小さな宿だからこそ、それぞれが役割を持ちながら、一緒に宿を守ってきました。
三十八年を振り返って思うのは、宿で一番大切なのは建物でも料理でもありません。
家族みんなが、充実して働けること。
それが、この宿を支えてきた一番大きな力でした。
お客様が教えてくれたこと
二十年ほど前、毎年スキーに来てくださるご家族がいました。
やがて子どもたちは成長し、自然と足が遠のきました。
年月が流れ、そのことも忘れかけていた頃。
ある日、そのご家族の娘さんたちが、大人になって宿を訪ねてきてくれました。
「あの頃が楽しかったから、また来ました。」
その一言が、本当にうれしかった。
宿という仕事は、一泊二日を提供する仕事ではありません。
人の思い出の一部になる仕事なのだと、その時あらためて思いました。
森から教わったこと
三十八年前。
私には、森は歩きにくい「木しかない場所」にしか見えていませんでした。
でも今は違います。
森は、その人がどう向き合うかによって、まったく違う風景になります。
ただ歩けば、歩きにくい道です。
立ち止まり、耳を澄ませば、風の音が聞こえます。鳥の声が聞こえます。朝には、鳥たちが一番元気に歌います。
木々は急には大きくなりません。
でも、少しずつ、確実に太くなります。
人も同じなのだと、森が教えてくれました。
旅は人生を豊かにする
私は、旅には人生を豊かにする力があると思っています。
遠くへ行くことだけが旅ではありません。
いつもの場所を少し離れ、違う景色を見て、違う空気を吸う。
それだけで、人は少し変わります。
だから私は、この宿を「泊まる場所」だけにはしたくありません。
玉原高原という場所に流れる時間を感じ、森と向き合い、季節を味わう。
そんな旅のお手伝いができればと思っています。
三十八年前の自分へ
もし、三十八年前の自分に一言だけ伝えられるなら、こう言います。
今の君には、森はただ木がたくさん生えている場所に見えているだろう。
でも、少しずつ違う風景が見えるようになる。
それを楽しみにしていてほしい。
私も、まだ森のことを学び続けています。
だから今日も、朝一番に窓を開けます。
昨日とは少し違う森が、きっとそこにあるからです。